世界映画紀行 - World Express Vol.15

(特別番外編)

札幌シネマ・ナウ&ゼン(前編)

Sapporo Cinema Now and Then Part 1

文と写真とイラスト:ゆえひさ

Text, Photo and Illustrations by Yuehisa

(2003/05/12)

 


今年(2003年)春、札幌駅再開発(JRタワー・ステラプレイス等の建設)に伴って、この街の映画地図は大きく塗り替えられようとしています。巨大シネコンの誕生とその影でひっそりと消えゆく旧映画街。今回はこの現代日本映画興行の縮図的状況を、あえて「世界映画紀行」の<特別番外編>として、ご当地札幌よりゆえひささんのレポートで二回に分けてお送りします。まずは、失われゆく旧来の映画館に送る惜別のメモワールから。


おもひで:去りゆく札幌老舗館

 

 常日頃から「サッポロはシネコンいらずなの〜」などとほざきまくっていたにも関わらず,老舗映画館がことごとく平成15年,市内から消えることになって正直呆然としている。映画ファンじゃなくても,街に出れば大きな通りに面したこれらの映画館は必ず目にする訳で,それは街の風景の一部になっている。
 平成15年4月1日現在,札幌市内にある映画館は名画座,ピンク系全て含めて16館。これまでも〜特にバブル崩壊後〜閉館になったところを見て来た。伝説と化したミニシアター[ジャブ70ホール]音響最高[札幌ピカデリー]高級感溢れる[三越名画劇場]と色々あったけれども,こと松竹・東映・東宝の3館については,バックボーンがでかいだけに,まさか無くなることはないだろ,なんて思っていた…ああ,それなのに,である。

 正に晴天の霹靂,時代には勝てない,古きを愛でられないのか…ぶちぶち…色々複雑な心境の中,感謝の気持ちも込め,3館のおもひでをプロフィールを語りつつ,映画館についてあれこれ“のぉがき”をたれるの巻。

 

【舘の番人支配人】
 小売店。開店閉店時の店長以下従業員全員の「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」はパンピーを階段一段分だけ持ち上げ「お客様は神様です気分」を引き出させる不思議な言葉である。
 映画館でその役割を果たしているのが支配人。彼等は入場時,退場時に入口で出迎えてくれる。入口で自分より年輩で貫禄のあるヒトが深々と礼をする姿は客としての品格を自然と意識もさせてくれ「観に来たぞー」という高揚感を演出してくれる名傍役だ。そこから既に夢想への第一歩が始まる。
 高性能なホームシアターや安価なDVDが蔓延し,それでも映画館へ行くメリットはなんぞや?そう問われて何と答えようぞ。共有の空間で感じる臭いと漂う空気は家にいて味わえるものじゃない。 お家にて落とした珈琲と,行きつけの喫茶店で一息つくため飲む珈琲みたいなね。支配人はマスターで,馴染みの映画館は日常から解放される空間だ。

 

 以下老舗3館はそんな支配人が居て,そこ独特の雰囲気を保ち続けていた,そんな映画館達である。

[松竹遊楽館/SY遊楽]

 狸小路3丁目

 狸小路映画館ロードの雄。明治43年9月開館。札幌市内最古の劇場。元々義太夫や浪花節の発表の場所として開館したが,映画を11月に初上映し,大正4年には映画常設館となり,現在に至る。
 地上側が松竹遊楽館で,主に松竹洋画・邦画の封切を上映,地下側SY遊楽は昭和31年の改装時に新設されたもので,ヒット作の再上映,または大作系外の映画を上映していた。

 最後の上映作品は『ロード・オブ・ザ・リング 二つの塔(松竹遊楽館)』『たそがれ清兵衛(SY遊楽)』

 平成15年3月23日閉館。

 資料見てびっくり。うちのばぁさん(明治45年生)生まれる前からあったってコトがなにせ凄い。確かに,花魁・芸者が居た最北の街だったということが,ここの存在で証明される。今更ではあるが,これを全面に押し出していれば,生き残り策もあったかも…と悔やまずにはいられない。
 近年,イスが大分良くなって助かったのだが,それまでは尻が痛くなることで有名(笑)な場所でもあった。ここで邦画が頻繁にがかかっていた頃は,正直あまり近寄らなかったな…客層にはじじばばも多くてねぇ。かつて映画がホントに興行だった頃,幕の内をほぉばりながら見ていたんだろう,のり巻きだのおにぎりだのガサゴソやりながら観てるんだわ,これが。世代間のギャップをしみじみ感じさせもしてくれた。
 ここ数年はかかる映画のヒット(『ハリポタ』等)に恵まれて,休日ともなると早朝からぞろーっと長い列が出来,見終った後は地下従業員通路から館を後にすることも。あちこちの狸小路内の老舗も次々閉店していっているだけに,1番の看板でもあったここが閉館したのは痛い。降ろされたシャッターの壁面の大きさが,その存在事体が大きかったことを物語っている。


[札幌東映劇場/東映パラス/シネスイッチ札幌]

 南2西5

 昭和30年札幌東映劇場・東映地下劇場(後東映パラス)の名前で開館。昭和55年に東映劇場の二階席を独立させた東映ホール(後シネスイッチ札幌)開館。地上東映劇場では東映封切作品,パラスでは洋画系,シネスイッチではマニアな味の作品達やヒット作の続映など。

 最後の上映作品は『ワンピース/デッドエンドの冒険(東映劇場)』『ハリー・ポッターと秘密の部屋(パラス)』『仁義なき戦いシリーズ5本立(シネスイッチ)』

 東映パラス,シネスイッチ札幌平成15年3月28日,東映劇場3月30日閉館。

 幼少の頃,マンガ祭りと言えば東映!であった。長じて,シネスイッチにて重箱の角的作品を観ることに。泥臭ーいってイメージね,とにかく。かかっていた映画(東映の邦画だもんなぁ…)のせいもあるんだろうけど。松竹より新しいはずなのに,こっちの方が古臭い感じがしていた。場所のせいもあるかな?
 平日昼なぞは,どう見ても「営業途中でサボってます」というようなおっさんがど真ん中に陣取ってたり,早朝仕事帰りらしきおばちゃん(双方とも映画そっちのけで大抵寝ている),アニメがかかるせいもあってマニアなお兄ちゃん連中がうろうろしてたりで,一人で行くにはかなり勇気のいる場所。
 シネスイッチは下界(笑)と違い,シックでこじんまりとした作りで,かなりお上品な雰囲気。二階席を改装して造ったためか,座席が物凄く急であってかなり怖い。その分,座席の斜面がキツいので,前に巨人が座ろうとも,ちびっこが苦労することはまずなかった。一歩間違えばカルトっぽい作品でも,さらり,と上映しているあたりに気概を感じた。


[東宝日本劇場]

 南1西1

 昭和29年開館。老舗デパートが列挙する札幌の一等地にそびえ立つ正にサッポロの顔。昭和54年にロビーの一部を改装し,劇場の座席間隔が広めに。東宝洋画系大作を次々にかける場所であり,その年の話題作をやる場所として市民に定着している。年間観客動員と興行成績トップの座に常にあった所である。

 今後の上映予定作品は『X-MEN2』『T-3』等。

 平成15年夏閉館予定。

 500円割増で観られる二階席の存在は,貧乏映画ファンには「なんでや…」と思うところも。そんなに素晴らしく見易いって程でもないんだ,しかもこれが(笑)大混雑の時にはお構いなしで二階席にも客入れするしな。大作は大概ここで公開されるせいか,入場を待つ人の列が交差点前の歩道を埋め尽くすこともあったが,大作系の当たり外れが激しい昨今,精彩を欠いていたのは否めない。
 劇場然とした構えとスクリーン前の大きな緞帳。休憩時間中には場内でアイスクリームなどを売り歩くおじさんも数年前まではいたりと,昔ながらの映画館の佇まいを今に伝えていた。その代表格が入口前に掲げられている手描きの大看板。何がかかっているのかな,と映画を観ない時でも思わず見上げてしまう。
 大通方面を歩けば必ず通りかかる場所だけに,ここが無くなってしまうことで街の景観ががらりと変わってしまうだろう。

【オトナの社交場】
 昔々その昔,映画館はいかがわしいトコロであった。オトナが居て,おにぃちゃんおねぃちゃんが居て,不良(笑)がたむろするトコロ。コドモにとっては未知の世界,そんな場所だった。

 

 すえた臭いと薄暗い館内に,見知らぬ大人達が何をする訳でもなく(映画観に来てるんだけどさ)白い大きな布を前に座っている光景は異様だった。まるでお化け屋敷に入るような感覚,作品を観るより前に緊張感は絶好調。うぅ…しっこしたい…
 出し渋りが常のオヤジにしては珍しく,缶ジュースと東鳩オールレーズンなぞを売店で購入し,はい,と袋ごと預けてくれるものの,1・2枚口に運んだだけでそれもどこに入ったんだか判りゃしない。割れるようなブザー音が響き渡ると場内が突如真っ暗!一緒に居た妹がそれに驚いて半ベソ状態になっている。

 「あっ,スヌーピー!」目の前のあの大きな白い布には,TVでお馴染みの白いビーグル犬が,ちょこまか動き回っていた。

 不思議なのはTVでは皆と同じに喋っていたチャーリー・ブラウンやルーシー達が,違う言葉を話していたこと。彼等の下に謎の白い字が浮いては消えていく。見ていくうちに,これが彼等のセリフだと気がついた。片言のひらがなを読めるようになっていたので,話の筋は追っていけた。スヌーピーが友達になった女の子に会うために家出した,そんな内容の話だった。
 やがてお話は終局へと向かい,めでたくチャーリーの元に戻ったスヌーピーを見届けた我々の前に,今度は違うチャーリーが現れた。チャップリンである。壊れたブラウン管のように色味のない画面を,ところ狭しと暴れ回る彼を見て「…落ち着きのないヒゲのオジさんだなぁ」と思ったが,小さな妹はそれが退屈で,しかもこの真っ暗な状況に最早堪え切れなかったらしい。ぐずぐずと言い始めたため,ヒゲのオジさんのその後のドタバタ劇を観ずして,親子三人は映画館を後にした。

 外はまだお昼。お日様が,眩しかった。

 

 これが自分の映画館の覚えうる限りの原体験である。幼稚園に丁度あがる前の頃だったか?今にして思えば,当時体調不良の母の代わりに,休みだった父が娘二人のお守を引き受けたものの,持て余し気味になった挙げ句の策だったのだろう。名画座に連れていく辺りが「あやし下手」を彷彿とさせるわね(笑)動物園とか遊園地だろ,普通。でもま,これで何故自分がシネコンじゃなく映画館にこだわるかの理由が何となくお分かり頂けたかと思う。

 オトナとコドモの境界線が今ほど曖昧ではなく,オトナの絶対的な権限と,コドモの従う義務がまだ色濃かったこの頃は,繁華街にある映画館はオトナの居場所という住み分けがあった。盆正月に頂戴したおこづかいで羽振りがよくなり,親戚のおねぇさんにアイドル映画に連れていって貰った小学校の頃でさえ,オトナの場所で映画を観る高揚感は相当なものだった。
 映画館で映画を観る行為。多分,自分くらいの年代がそれを“特別なコト”として意識した最後の世代だろう。痴漢やスリが横行し,犯罪の温床というマイナスイメージもあったが,日常とかけ離れた場所で観ること,それ事体が映画の虚構世界を更に増幅させたのだ。

 妖しくも魅惑的で,ちょっと後ろめたい気分にもなるような,そんな存在感を残している場所が自分にとっての「映画館」なのだ。これからも,きっと。

おしまい

参考資料:さっぽろ文庫49『札幌と映画』/札幌市教育委員会編

 

札幌シネマ・ナウ&ゼン(前編)につづく

 


 ふろやnoのれん

 http://www.h3.dion.ne.jp/~night_16/

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