世界映画紀行 - World Express Vol.20

そこはBOLLYWOOD 〜インド映画聞きかじり〜

It' s BOLLYWOOD - The Kingdom of Indian Films

文と写真:Chura

Text & Photo by Chura

(2006/05/22)

 


その内容で、そして生産量で、独自の文化を築き上げたインド映画界。その実態は「ムトゥ 踊るマハラジャ」とそれに続いた何本かのマサラ・ムービーによって、徐々に私たちの前に明らかにされてきました。しかし日本におけるマサラ・ムービー・ブームの急速な終息によって、今ふたたびそれは「見えない」ものになりつつあります。そんな状況にわずかでも風穴を空けるために……インドに心酔した北九州のChuraさんからのレポートです。


1.知る人ぞ知る超映画大国

 今年1月にインドにでかけました。最初の訪問地ムンバイは、かつてはボンベイと呼ばれた街。

 今では、Hollywood ならぬ、Bollywoodという異名も持つほどのインド映画産業の中心地です。

 インドというと、まだまだ日本では、あまり知られていない、カレーのイメージばかりが先行する国ですが、実は、世界一の映画製作国でもあります。2003年で、アメリカで製作された映画は約600本といわれていますが、同年にインドでは1100本が製作されたといわれます。その映画産業の中心地が、このムンバイなのです。

 インド映画は、なかなか日本では見ることが難しくて、私はレンタルビデオショップでは「ムトゥ 踊るマハラジャ」と「モンスーン・ウェデイング」しか見つけられませんでした。それ以外に、インド出身の人から贈られたインドの哲学者の生涯を描いた映画しか観ていなくて(日本未公開。 タミール語で製作されていて英語字幕のみが頼りでみております…)、しかも、訪れたインドでも、結局、スケジュールの都合で映画館に行くことができなかった身でいったい何が書けるのかしらと思うのですが、インドの街で、見て、聞いて、感じたインドの人たちにとっての映画を、少しだけでもお伝えしたいと思います。

 インドを知ろうとするならばインドで映画館に行きなさい…とは、インド研究にあたられている多くのかたが言われます。インドの政治経済についての著名な学者さんの講演会でも言われました。大都市から、小さなビレッジにいたるまで、映画というのは、人々の貴重な娯楽だからと。「言葉がわからないでも、十分に“映画館”を楽しめますよ。」とも言われました。

 また、今、仕事関係でお世話になっているかたで、インド出身のかたがいるのですが、このかたとは、ことあるごとに映画の話になります。古い日本映画のことも大変よくご存知で、“ゴジラ”の一番最初のものも、学生の頃にインドでご覧になられたとか。“007のハマミエさん”はもちろんご存知でした。三船敏郎の真似もとてもお上手で、クロサワとイタミが大好き…なのだとか。昔、インドで見た日本映画の中で、“YUKIWARISOU”という映画をまた観たくてしかたがないのだけれど、何とかみることはできないか?といつも言われます。私は未見で、まだ探し出すことすらできないのですが…。

 さらに、インドで通訳してくださったかたは、息子さんがムンバイの映画製作会社で、振り付けを担当されているそうで、そんなことでこの通訳さんからもたくさん映画の話をうかがえました。

 また、訪れたスラムでも、スラムの子どもたちの話から、彼らの中にも実に多くの映画が浸透し(映画館にはいけずにテレビを通してだそうですが)、日々の困難の多い日々の中での貴重な楽しみと癒しになっていることがわかりました。

 

2.“のりしろ”あり

 一般的なインド映画の特徴というのはいくつかあるようです。

 まず、一般的に3時間は標準…という長さ。その長さの中に、友情あり、恋あり、三角関係あり、主従の絆あり、敵同士の確執あり、冒険有り、風習にからむ問題あり、ご近所の噂話あり、エトセトラ。とにかく人生のエッセンスがこれでもかこれでもかと盛り込まれているそうです。できるだけ多くの要素が入っていれば入っているほど、人々の満足度は一般的に高いとか。

 いったい、それだけの話を、どうやって盛り込むのかと思うのですが、これも実はインド映画にとっては難しいことではないそうです。なぜって、特別な“のりしろ”を持っているのですから。

 のりしろとは、インド映画に欠かせないのは歌と踊りです。これがないと映画館の中では盛り上がりません。また、逆にこれがあると映画館の中ではいっきにフィーバー状態になるそうです。場面の転換が難しくなったら、すぐ歌と踊り。これさえ入れば、その前後のストーリーが、びっくりするほどに飛んでいても大丈夫といわれています。観客は一緒に歌い、踊らんばかりになるそうです。いわば歌と踊りが、絶妙にして最高の“のりしろ”なのだと。

 この“のりしろ”の“のり”にあたる歌は、それ自体でも実に大きな存在であるようです。

 スラムの子どもたちは、私達の目の前で、まさにムトゥ・踊るマハラジャのような群舞を見せてくれました。

 また、インドでは、多くのポピュラー音楽は映画から発信されるそうですが、これがハンパなレベルではないと思ったのが、人々が集まったときによく行われるのが、“歌しりとり”だときいたときです。日本でいうカラオケが、歌詞のしりとりで行われるらしく、次の曲を歌いたかったら、歌詞でのしりとりを考えるしかないそうで。それだけ難しくても我先に歌う状態になるとか。

 「よく歌詞でそんなに続けていけますね?」とびっくりしてたずねると、「それはそれはたくさんの曲があるから大丈夫♪」だと。

 

3.どきっ…

 

 街角には、いたるところにポスターが貼られていました。

もちろん、スター俳優、スター女優もいます。俳優さんでは、あちこちで名前を聞いたのは、Shab Rukh Khan で、現在のトップスターなのかもしれません。 

 インドでは、過度に露出の多い映画は作ることが許されないそうですが、たとえば、水に濡れたサリーから感じるものは、露出度の高い映画以上に訴えるものがあるとは、いろいろなかたから異口同音に聞く言葉でもあります。表情のインパクトも大きく、また、最近は、かなり限界をめざしているのか、官能的な巨大ポスターもみかけ、どきっとしました。

 

 ムンバイでは、新旧さまざまな映画館が、街中に実にたくさんみられました。(デリーやアグラでは、ムンバイほどには見かけなかったので、やはりさすがムンバイは映画の街だと感じました)。インド映画だけではなく、ハリウッド映画も多く上映されていて、その様子は、映画館の前のポスターからも、また新聞各紙の映画館情報からもうかがうことができました。 「ある種の金持ちの人は、インド映画はみたがらなくて、ハリウッド映画しか見ないのだよ」 ときかされ、理由をたずねると、"I don't know." と、首をすくめられました。うーん。うーん。これって…?

 

4.さながら、シネマ・パラダイス

 新聞には、上映スケジュールだけでなく、映画関係の話題もたくさん掲載されていました。

 鑑賞価格は、作品や映画館によって違うそうで、だいたいムンバイでは日本円で100円から300円だそうです。インドの物価にしては高いかもしれませんが、それだけに、3時間、あるいはそれ以上の時間、歌有り踊り有り笑いあり涙ありで完全燃焼の充実感が求められているのでしょう。

 地方では、オープンシアターなどの興行も盛んだそうです。

 インドでの映画産業に他の国にない問題があるとするならば、それは、18の言語が公用語とされている国ならではの問題でしょうか。特に、北部インドでよく使われるヒンディ語と、南インドの主要言語であるタミール語の映画が多く、それぞれの言葉の映画にそれぞれのスターがいるというような状況で、共通言語として、英語の字幕があったりもするそうなのですが、なお同じ国でありながら言葉の壁があると感じました。

 たとえば、ムンバイやデリーの人に、「ムトゥ・踊るマハラジャ」という映画が日本でヒットしたと話しても、この映画について、よく知らない、きいたことがない…と、尋ねた方全員から言われました。これは、ムトゥが、南の地方の映画だからかもしれません。ふみゅ。

 インド映画は、インド国内の人にむけてだけではなく、むしろインドを離れ、遠くの地で暮らす人々にとっての“インド”になっているとも言われます。ここ数十年、特に、インドからは高学歴の技術者、学者が海外に流出しました。すでにその地で根をおろした人たちにとって、インドは、もう居住地としては戻ることがない国になりつつあります。でも、いろいろな国でインド人のコミュニティは存在し、食文化(宗教的な理由から制約が多く、それを海外でも守り続ける人が多い)などの継承とともに、インドの心が映画によって、継承されているのかもしれません。

 映画の作り手も、そういう海外にいる“インドの人”たちを意識して作っているといわれています。

 インドの人の映画に対する想いを聞けば聞くほどに、さながら“ニューシネマパラダイス”の世界を思い出しました。にぎやかで明るい踊りと歌を“のりしろ”にした、豪華絢爛盛りだくさんの内容の映画に、人々が感じるものの大きさ、重さをしみじみと思わずにはいられませんでした。ハリウッド映画とは、まったく違うものがそこにある…。そう感じずにはいられませんでした。

 インドは多様性の国で、まさに、全てにおいてカオス…と感じました。今回は、ムンバイのほかに、デリー、アグラをまわったのですが、それぞれの土地で、街の雰囲気も、人々の表情もまったく違いました。ノリが最高によかった街ムンバイを思い出すたびにあのパワーこそがあの明るい映画の原点なのかもと思ったりもします。

 どんな人がインドを語っても、それは、多面体の一部をわずかに切り取っただけに過ぎないということを肝に銘じなければならない国です。それだけに、映画についても、いろいろな見方、存在感が他にもいっぱい、いっぱいあると思いましたが、とにもかくにも、少なくともムンバイには、大きな映画へのエネルギーがある。それは作り手だけではなく、見るものからも強く発信されている…ということを、ひしひしと感じました。

 ノリがよく、笑ってみてしまった映画の中に、インドの人に根付く思想や哲学もしっかり垣間見ることができます。インドはおもしろい国です。興味を持たれたかたは、こちらが拙サイトのインド旅行記http://homepage2.nifty.com/chura/2006India.htm)です。 拙いものですが、さらに興味を広げていただけたら、インド出身のかたから、“あなたの前世はインド人だったに違いない”と言われる私にとって、とても大きな喜びです。

 

 なお、インドの映画界の事情について書かれた本の中で、あの、周防正行監督が書かれた“インド待ち”(集英社)には、とても共感するところがありました。

 先入観や色眼鏡ぬきで、とてもプレーンな視点からインドと、ムンバイを中心にしたインド映画界を書かれておいでです。興味がおありのかたは、ぜひ、こちらもお手にとられてみてください。

 “Shall we ダンス?”…で、周防監督とインド映画もつながっています。やはり、踊り(と歌)ののりしろは、すごい…です。

 


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