もし幸せだったら役者になってませんよ。 

 日本映画を縦横無尽に往来する「サブリミナル俳優」

 田中 要次さん  2000 / 02 / 28

 MR. YOJI "BOBA" TANAKA  

 

 昨年の後半、「DAY FOR NIGHT」をちょくちょく見に来てくれる映画ファンの「まお」さんから1通のメールが。知り合いで映画俳優の人がいるんだけど、取り上げてくれないか…とのこと。それで、その人のプロフィールを送っていただいたら、これがビックリ。近年の日本映画の話題作がズラリ勢揃い。それらの作品に忘れがたい印象を焼き付けているのが、ここに登場する「サブリミナル俳優」"BOBA"こと田中 要次さんです。本当は1月の日本映画特集にぶつけたかったのですが、大幅に遅れてしまいました。関係のみなさま、どうもすみません。(1999年11月10日・東京都・高円寺にて取材)


●田中 要次●

1989年、山川直人監督のミュージック・ビデオ「SEEK AND FIND」でデビュー。この時の役名「BOBA」がそのまま愛称となる。映画の近作は、石井克人監督「鮫肌男と桃尻女」(1997)、北野武監督「菊次郎の夏」、斉藤久志監督「sunday drive」、矢口史靖監督「アドレナリン・ドライブ」、イアン・ケルコフ監督「Shabondama Elegy」、黒 清監督「カリスマ」(以上1998)、降旗康男監督「鉄道員」、馬場康夫監督「メッセンジャー」、大島渚監督「御法度」(以上1999)など多数。


 

F(夫馬)・拝見しましたよ、「鮫肌男と桃尻女」。昨日ビデオ借りてきて。

B(BOBA)・ありがとうございます。ちなみにテレビは何インチで見たんですか?

F・17インチぐらいかな?

B・え〜っ、残念だなぁ〜!(笑)。僕もあのビデオ貰って自宅のテレビで見たんですけど、「うわー!俺、こんなに小っちゃく映ってたの?」って。あれはスクリーンで見て欲しかったなぁ。それ以外の事も映画館で観たらもっと楽しめたのに。

F・ではまず、田中さんは最初、国鉄(現・JR)マンおやりになってたんですよね? それがなぜこういう世界に入って行ったのか。

B・ハズミ…でしょうか。最近になっていろいろと思い返す事があったんですけど、僕は根っからの映画が好きで…とか、芝居が好きで…という訳じゃ無かったんだなと。辿り着けない恋心がここまで来させてしまったんじゃないかなと。だから僕は、JRの時にでも誰かと結婚でもしてたら、そのままJRに今も勤めて普通に暮らしてたと思うんですよ。

F・JRの生活に不満はなかったんですか?

B・そりゃ〜ありましたけど(笑)。僕が鉄道の頃、仲のいい友達は東京とかに居て、音楽やってくんだとか意気がってたし、自由に暮らしてて、羨ましかった。JRになった頃って、大卒の就職希望人気No.1だったんだけど、内部から見てる僕からすれば、何がイイの?って感じだった。ちっとも自分の仕事に誇りを持てずにいたなぁ。

F・国鉄、JRにはどのくらいおられたんですか?

B・辞めたのは1990年末で。これは狙ったんですけど、就職してから8年と8ヶ月と8日という日に(笑)。

F・「オーメン」の「6・6・6」みたいな(笑)。確かJR時代は愛知県で働いてたとか。

B・えぇ。地元就職だった国鉄から、JRによって家を出られたは良かったんですけど、方角が違って思いもしない所へ。田舎を出るなら東京に行きたいと思ってたのに。知らない街で何をしていいのかと探っているうちに映画館に通うことが増えてしまったんです。名古屋にもミニシアターとか特集上映とかも割とあって。

F・以前から映画は好きだったんですか?

B・好きでしたけど人並みっていうか、月に一本見るという感じで。それがのめり込んでしまった。それでイベントなんかで監督が来るじゃないですか。その頃、山川直人監督の作品が好きで、作品を全部見たりもしたんですけど。で、監督が来たときにどうしても会いたくて、単なる客だったのに「打ち上げ混ぜてくださいぃ!」という調子で会いました(笑)。あの頃は素直に言えたんですねぇ。そういった中で、映画に出てみたいなんてことを言ってたんですよ、冗談半分で。それから何かしら付きあいがあって、そのうちに山川監督が話を持ってきてくれた。映画じゃなかったんですけど、新人アーチストのプロモーションビデオをドラマ仕立てで撮るらしくて、バンド経験があるからという事で、バンドメンバーの役でやってみるかって言われて。それで会社に内緒で一週間ぐらい休みとって、北海道ロケに行ったりなんかして(笑)。それがホントに…幸せだったんですよ。みんな自分を大事にしてくれるし、まさかこんな簡単にこの世界とつながり持てるとも思わなかった。それが勘違いの始まりだった(笑)。ここでいい思い出にしとけば、大人しく暮らせたのに。監督が次に企画していた映画があって、その話に鉄道が出てくるんですよ。で、自分で自分の役のシノプシス書いて出してたら、それが脚本の次の稿には採用されたりしてて…。この映画に参加できたらウマイ事、東京に出れるかもしれないという期待があったんですけどね。残念ながら、その映画の企画は無くなってしまった。それから1年は悩みましたね(笑)。映画界から俺に「来い」という手をさしのべてくれる訳でもなし、恋愛もいい事なくて(笑)。

F・あ、そこで恋愛の話になるんですか(笑)。

B・いや、サラリーマンでいる事の安定と夢を追いかける事の不安定に迷ってた。きっと、それまでサラリーマンだったのも恐かったからだと思う。で、そんなある時に車で田舎に帰る途中で追突事故、起こしちゃったんですよ。でもそれで会社辞めるって決心したんです。ここでもし相手殺してたら、僕の人生も棒に振ってた。ならば、どう生きていたって同じなんだと思ったら何も怖くないやって。それで退職を表明したら、同僚の人たちには事故の事を苦にしてると思われてしまって、説得をするのに随分と前向きな事を言ってしまったりなんかして。どっちかと言うと、そんな頃に観たベネックスの「ベティ・ブルー」とかベッソンの「グレート・ブルー」とか、ああいうのに刺激を受けて、そんな気分だった(笑)。

F・「グラン・ブルー」じゃなくて「グレート・ブルー」ですよね(笑)。

B・あれは「グレート・ブルー」がイイです。男本位になれますから(笑)。カッコいいこと言うように聞えるかもしれないけど、自分も映画というスクリーンの中に入ってしまいたい、映画という物語の中の住人になりたいみたいな気持ちでしたかね。これは現実逃避願望ですかね(笑)。

F・それからどんなアクションを起こされたんですか?

B・もう、後はシャレでいくしかなかった(笑)。ジョン・レノンが死んだ12月8日に辞めようかとか無意識に言ってて、ところでその12月8日ってどんな日だと思ったら、僕が鉄道に入ってから数えてちょうど8年8ヶ月8日だったんですよ(笑)。もうこの日に辞めるしかないぞって、それで決めましたね(笑)。

F・お辞めになって、まず何をしましたか?

B・とりあえず東京に引越して…、初めての映像の仕事やった時の人とか、まずは、そこらへん頼って、照明の安河内さんに世話になったんですよ。。そしたら竹中直人監督の「無能の人」の話が来て、照明助手として参加しました。その頃は竹中さんにも憧れてたから、何かすごく会いたい人にストレートに会えた気がしましたね。撮影前のカメラテストでモデルやったんですよ、生え際似てるからって(笑)。それを観た竹中さんが僕の事を知ってくれて、ちょっと出て貰おうって話にもなって。その後で舞台「第2回 竹中直人の会」にも参加させてもらったんです。経験ないならそれで勉強すればいいじゃないかって。だから東京出てきて1年目はダイレクトに竹中さんにお世話になったり、阪本順治監督の「トカレフ」って映画で大阪ロケにふた月近く行ってたりとか。あと、帰ってきて室井滋さんと出会って、付き人として3ヶ月ぐらいやったんです。

F・そういう事もやったんですね!

B・たまたま室井さんに付いてすぐに秋元康監督の「マンハッタン・キス」がニューヨーク・ロケで。で、兼ボディガードとして行って来いと、1ヶ月行かせて貰ったりもして。最初の一年はこの世界のフルコース見せてもらったみたいな感じですか。

F・その頃はスタッフに役者さんに…といろいろおやりになっていたんでしょうが、先々はどうしようとお考えでしたか?

B・いや。それは東京出るときに、山川監督に「映画やりたいって、何がやりたい訳?」って言われて。僕は最初に使って貰ったのが役者としてだったから「役者です」と。まぁ最初の頃はスタッフとして現場にいて、当時はお金も人並みに貰えて、どんなポジションにいても楽しかったんですけどね。僕って最初の頃、態度がデカかったみたいなんですよ。鉄道って相手が20歳上だろうと何だろうとタメ口な関係なところだったんですよ。そんなノリで映画の現場に入ってったんで、その一番下にいる僕が技師に対してタメ口きいてた(笑)。どっちかと言うと日本映画ってタテ社会なんですよ。だから結構、その辺の事を注意されました。でも逆にそれが僕のインパクトになってたみたい。あいつ何者?みたいな(笑)。

F・ご自分の中で、これはやっていけるな…と思えたのは、いつの頃ですか?

B・やっていけるな…なんて、未だに思ってないですよ(笑)。

F・でも、役者って一つの方向に向いたって時はあったでしょう?

B・照明部とか3年半ぐらいやってて、その合間に役を貰ったりもして。…で、照明を辞めるきっかけも、やっぱり事故だったんです。

F・また、ですか(笑)?

B・事故に教えられちゃったんです、また。その頃って、とにかく現場に居たいって気持ちと、でも本当は純粋に役者やりたいって気持ちで揺れてたんですよ。一番バランスが不安定な時に、竹中さんの『119』って作品があって、最初に声かけられたのがやっぱり照明部として…だったんです。でも二度目の竹中さんの映画だし、少しは役者としてのポジション上げたいっていうか、そういう欲もありましたから。俺はこのままでいいんだろうかと(笑)。で、竹中さんに電話しちゃったんです。そしたら「いいじゃん両方やればって…」言われて。と言うことは、役もくれるって事かと…(笑)。という事で結局、照明部とトラックの運転とキャストとして三役請け負って参加して。でも葛藤は抱えたままになってしまってた。仕事も夜が遅くなる事が多かったのかな。で、ある日徹夜の撮影があって、早朝にホテルに帰る途中(運転中に)また意識失っちゃったんですよ。…海岸沿いの釣り具屋さんとか三軒ぐらい、軒先を全部なぎ倒しちゃったんです。旅客機の墜落事故みたいでしたよ。自分の頭の上を柱が突き抜けてて、後ろのアルミまで突き破ってて。わんわん泣きながら、皆に謝ってた。これでもうスタッフは足を洗おうって思ったんです。

F・それは精神的に疲れていたから、そういうことが起きたということですか?

B・…もあるし、肉体的にも。車の運転なんて自分にとっては大した労働ではないと思ってたんです。後で車両部の人たちが僕のところに来て、「なっ? だから俺たちがいるんだよ」って言われて。で、その映画の撮影が終わって、打ち上げの席で先輩に喝を入れられたんですよ。「二度と俺の前にスタッフとして出て来るんじゃねえ」ってね。それで更に決心できたと言うか。僕って事故でも起きないと決断できない奴なんだな、と思いました。

F・何か映画の話ってより「高3コース」の進路相談みたいになってきちゃいましたね(笑)。

B・恥ずかしーっ(笑)! 僕なんかね、地元でも何処でもね、そこで幸せだったらここまで来てないんですよ。平凡でも幸せだと思ってられたらね…。

F・宇多田ヒカルも同じようなこと言ってましたよ(笑)。幸せだったら作品なんか作らないって。

B・ホント? 俺、宇多田と一緒(爆笑)? うわー!

F・ところで田中さんは、ご自分で作品もつくられているんですよね?

B・いや、でもあれは短編ですから。インスピレーションがあれば誰でもやれる作品ですから。

F・どうしておつくりになろうとしたんですか?

B・たまたまその日にデジタルビデオ持ってたって事で。矢口史靖や鈴木卓爾らとね「ワンピース」っていうのをやってたんですよ。あれはカメラ据え置きのままで、1カット1シーンで完結させる短編シリーズもの。設定だけ与えて、後は演者が自由に演じながら作り上げていく。だから結構、軽い気持ちで楽しくやれるんですよ。自分も撮ったってのは、多分自分も撮りたいって気持ちがあるんですね。自分の感覚みたいなものをカタチにしたいって気持ちは元々あった。役者は基本的に人から与えられた役をこなす立場だから、これが自分ですとは言い切れない。だから自分の想いや考えというものを表現するには自分も撮るしかない訳ですよね。それで最近、やっとホンを書き始めたんです。

F・何か準備中ってことでしたよね? 今度は長いものになるんでしょうか?

B・頭の中では本編サイズのものとして考えてます。シナリオは一人で書けるモノだから、とにかく書いてみてから。書き上げない事には何も始まらないでしょう。でも最近、ちょっと肝心な個所でつまずいているんですけど(笑)。

F・でも田中さんって出ている本数もさることながら、そのバラエティも凄いですね。「サブリミナル俳優」って異名もお持ちで(笑)。何で「サブリミナル」かと思ったら、よく目につくんですよ田中さんの顔が。

B・え? そうですか?

F・田中さんから教えてもらって、出演したテレビドラマ見て、田中さんの顔を覚えたら、もう(笑)!…プレステのテレビCM出てたでしょ?

B・あれ、岩井俊二監督なんですよ。

F・そう! で、東京国際映画祭に行ったら、シネマプリズムのビデオ部門にも2本出てるでしょ? すっごく目につくな、と。

B・それが「サブリミナル俳優」なんです(笑)。すでに無意識に見ていた(笑)。でも、究極のサブリミナルは大島渚監督の「御法度」ですから。あっ、これ以上言いません(笑)!

F・これは「シックス・センス」並みの秘密があるんですね(爆笑)。

B・いや…でもラストじゃなくて、すぐに終わりますけどね(笑)。

F・ところで田中さんは同じ監督に繰り返し起用されて、お出になられているケースが多いですね。先ほどの矢口監督とか…。

B・えぇ、でももしかしたらプライベートなつき合いもあるからという気もしてますが…。だから続いてるんじゃないかとも思いますよ。

F・かなり監督とかスタッフの方とおつき合いってあるもんなんですか?

B・いや、それほどでもないですけど、矢口監督らとつき合いが始まったのは、やっぱり「ワンピース」からですね。

F・でも、「ワンピース」って面白い試みですね。

B・ええ、あれは映像の原体験みたいでイイですよ。僕が昔にビデオで友達と「映画撮ろうぜ」ってノリで、ただ旅行の映像をたまに演じながらビデオに録っていただけなんだけど、それに近い感触ですね。だって自由じゃないですか、何録っても誰に怒られる訳でもないし、ノリで楽しめる。「ワンピース」って、それを思い出させてくれるんですよね。

F・なるほど。まぁ、ここまではどちらかと言うとインディーズ系の作品を中心にお伺いしていたんですが、メジャー作品にもかなり出ていらっしゃるんですね? でも、「鉄道員(ぽっぽや)」というのは、かなり不思議な感じがするんですが。

B・これは絶対参加しとかなきゃと思ったんです、元国鉄職員としては。でも炭坑夫の役でしたね(笑)。でも国鉄でも保線で、駅員や運転手ではなかったし、それで言ったら力仕事と言う意味では炭坑夫が似合ってたのかなと(笑)。

F・絶対出なきゃって思った訳は?

B・ちょうどね、僕と寮生活してた先輩がホントに娘さん亡くしてたんですよ。僕は何もしてやれないでいて。そんな時に「鉄道員」が映画になるって聞いて、買ったまま読まずに置いてあった原作を読んだら、これ、あの人の話みたいだと思って。それで、あの人のためにも参加しておきたいと思ったんですよ。

F・あと、北野武監督の「菊次郎の夏」にも出てますね。

B・たけしさんが母探しの子供連れての道中にお祭りに立ち寄って、地回りのヤクザにボコボコにされるという、そのヤクザの役で。北野映画には何度かニアミスが続いてて、今の事務所に入って、やっと結びついたという感じでした。

F・このへんで「鮫肌男と桃尻女」の話したいんですけど、あれに出た経緯とか…。

B・助監督の方がたまたま僕の資料持ってて、石井克人監督が写真見て、それだけで決めたみたいですよ(笑)。僕は当初この原作も知らなかったし、石井克人って名も知らなかった。でも鶴見辰吾さんがいる、浅野忠信君がいる…何か面白い事になるかもしれないとは、何となく思いました。監督は日本映画では北野武監督『ソナチネ』が好きだったみたいで、たけしさんの作品からも多くキャスティングされてます。

F・撮影はどのくらいかかってるんですか? 冬ですよね?

B・(1997年の)12月です。撮影自体は1ヶ月ぐらいと思いましたけど。河口湖の近辺で。何かの研修センターの建物の空き屋のロビーをホテルに仕立てて使ってましたけど、あそこなんかは見事にデビッド・リンチ調でしたよね(笑)。

F・なるほど。実は私も白状しなくてはならないんですけど、邦画って全く明るくないんですよ。それでこの「鮫肌」拝見したんですけど、ビックリしたのは、例えば今、ドイツとかイギリスで若い人たちの新しい映画が出てきてる。そういったムーブメントって日本にもあるんだと思って、驚いたんですけどね。

B・嬉しいですねぇ(笑)。いやもう、僕はあの作品はホントにやっとこの時代らしい人が出てきたなと思って嬉しかったですよ。こういう映画も見たかったよ〜って。それで劇場で見ると、もっとビックリする事があるんですよ。音が凄いんです。

F・え? ホントに?

B・日本映画でよく残念に思うのは、音へのこだわりが無かったりする事です。撮影中にサントラどうなるんだろ?なんて話してワクワクしてた。そしたら監督が6チャンネルDTSで仕上げてきて。日本映画では滅多にありえない編集時間をかけて。拳銃一つの音も物凄い。重ねた上に低音部分を限界ギリギリまで上げてるらしいです。

F・ははぁ、そういった点からも新しく感じる訳ですね。

 

(おわり) 

BOBA最新情報

映画 黒沢清監督『カリスマ』 テアトル新宿にて公開

   斎藤久志監督『サンデイドライブ』 ユーロスペースにでレイトショー公開

舞台 斎藤久志演出『お迎え準備』 3/10〜20 中野MOMOにて

TV テレビ朝日 飯田譲治監督 TV版『アナザヘヴン』 遊佐 役(準レギュラー)4月〜

   NHK ETV 『さわやか3組』 吉川 役(準レギュラー)4月〜

CM ヤマト運輸「引越らくらくパック」

   NTTグループ「侮れない父編」(60秒主演)

   Right-on「子供と店員議論編」(飯島直子主演)

   SUNTORY「DA KA RA」(しょんべん小僧の声)

雑誌 Tarzan 3/22発売号 モデル

 

 

 田中 要次さんの所属する事務所「ザズウ」のホームページ

 http://www1.interq.or.jp/~miyun/zazous/

 

 

 

(C)1999-2000 Boba / Fuma's Workshop

 

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