私が子供だったころ

 When I Was a Little Child...

 


 

斜視

Being Squint-eyed

 

 

 のっけから大げさな話だが、人間どこでそれまでの人生がガラリと変わるか分からない。実は昨年の暮れあたりから、僕はそんな気持ちになっている。

 回りくどい話は抜きにすると、僕は現在「斜視」の検査で医者に通っているのだ。

 「斜視」といってもピンと来ないなら、「ガチャ目」「ロンパリ」と言った方が早いか。映画ファンには、メル・ブルックス映画「ヤング・フランケンシュタイン」(1974)や「サイレント・ムービー」(1976)に出ていたマーティ・フェルドマンと言えばお分かりいただけるだろうか。いや、かえって分からないかもしれない(笑)。要は片方の目が見たい方向を正しく向いておらず、上下か左右にズレている状態である。

 実は昨年、仕事をしていていつの間にか右目(自分から見て)をつぶっていることに気づいた。知らず知らずのうちにやっていたということは、片目をつぶった方が見やすかったということなのだろう。おかしいなと思ったのは、これが初めてだった。

 ここ数年同じなのだが、特に昨年の初夏から秋にかけては忙しかった。おかげで土日の休みも返上。仕事も深夜に及んだが、実は何となくイヤ〜なことに気づいてもいたのだ。

 仕事の効率が恐ろしいほど落ちている。

 文章が書けない、書く気になれない。書き始めてもすぐ詰まってしまう。集中力を欠いている。頭が痛くなってくる。そんなことは普通誰でもそ程度の差こそあれ同じだと思われるかもしれないが、僕に限ってはこれはどう考えてもヘンだった。

 何しろ以前は、文章を綴るのはまったく苦じゃなかった。むしろ鉛筆やペンが頭に追いつかないくらいでイライラしていた僕だった。それがワープロやパソコンの登場でキーボードに変わった時、僕はようやく自分本来のスピードで文章が書けると大いに喜んだものだった。自慢めいて読めてしまったらまことに申し訳ないが、これは本当のことだったのだ。

 それがいつからだろうか、徐々にスピードが落ちていったのは。

 ハッキリ自覚したのは、おそらく2007年くらいだろう。なぜか文章を書くのがつっかえつっかえになった。深夜帰宅が増えたし徹夜も多くなった。休みも連日つぶれた。明らかにペースが大幅に落ちていたのだ。

 最初は当然のことながら、年齢によるものだと思っていた。頭の回転が遅くなったり気力がなくなってきたからだと思っていた。確かにそういう理由もあるだろう。イライラして言葉が浮かんで来なくなった時には、さすがに僕もボケてきたのかと愕然とした。しかし、さすがに昨年になってみると、これはそんな事ばかりじゃないなと気づかざるを得なかった。

 さては老眼メガネの度が合わなくなってきたのではないか…いつの間にか片目をつぶっていることに気づいた僕は、昨年末メガネ屋に飛び込んだわけだ。

 結果は衝撃的だった。

 度数そのものは落ちてなどいなかった。不審に思ったメガネ屋の店員が、アレコレと検眼を進めていった時のこと、左目に緑色のレンズ、右目に赤のレンズがはまった検眼用メガネをかけて、テストを開始した時だと思っていただきたい。実はこの状態で検眼用機械ののぞき窓をのぞいてみると、普通は赤い記号が3つ、緑の記号が3つ、僕から見て中央部分に見えているはずだった。

 ところが、僕には緑の記号3つしか見えない!

 メガネ屋の店員が何度聞いてきても、僕には赤い記号はまったく見えない。ところが再三再四尋ねられているうちに…いつの間にかボワ〜ッと、赤い記号3つが幽霊のように目の中に見えてきたではないか。

 それも、左下の位置に。

 本来はセンターに見えていなければならない赤い記号が、なぜか左下(地図で言えば南西の位置)に見えている。しかもそれがブルブルと震えて、徐々にセンターに近づこうと動いている。しかし、どんなに震えて動いても、それらは一向にきっちりセンターには移動して来ないのだった。

 この段階で、僕が斜視であることはほぼ決定となった。

 何しろそれが発覚したのが昨年12月最終の日曜日だったので、病院に検査に行ったのは開業日の最終日。慌ただしい中でアレコレ検査をしてみたが、思った以上にひどい斜視だということが分かった。

 斜視というのは何種類かあるらしいのだが、基本的には黒目が内側に向いている内斜視と外側に向いている外斜視、そして黒目が上を向いている上斜視と下を向いている下斜視の4種類ということになる。ところがこの僕の右目に関していえば、外を向いていると同時に上を向いている外斜視と上斜視の合体ということらしい。

 しかし、自分がガチャ目だなんて…とどうにも納得できずに鏡を見てみると、そう言われれば確かにわずかながら外を向いて上にズレているようにも見える。見た目にはほとんど気にならないのだが、確かに斜視であることは間違いないようなのだ。

 そして検査の結果、どうやらこれはかなり昔からなっていたようだ。おそらくは子どもの頃からそうだったのだろう。

 遠くの場所を見るときには、斜視はほとんど問題にならない。ある程度近くになってくるとその違いがかなり気になるのだが、おそらく僕の脳はその時に右目の映像を自動的にカットして、見えなくしていたようなのだ。

 そして仕事などをする際には、自力で筋肉の力で無理矢理両目の画像を合わせていた。それは若い頃だからこそ出来た芸当で、トシを取った今、その無理が一気に噴き出してきたようなのだ。

 そう言われてみれば、いろいろ思い当たるフシはある。

 昨年一昨年と徹夜続きの時に、僕は目をゴシゴシこすりながら仕事を続けてきた。おそらく眠くてよく見えなくなったと思ってこすっていたらしいのだが、そのおかげで上まぶたは擦り傷が出来て腫れ上がってしまった。ところが不思議なことに、僕がこすっていたのはいつも右目だけだったのだ。今にして思えば、それは右目がよく見えなかったせいだと分かる。

 そういや、このサイトを始めて3〜4年経ったあたりで、感想文の生産量がガタッと落ちてきたような自覚があった。今考えればあのあたりから目が悪くなってきたのか。

 右目といえば、他にも思い出すことがある。僕がクルマを運転する時、同乗した友人はみんな極端に怖がっていたのだ。彼らに言わせると僕の車両間隔がメチャクチャだというのだが、僕自身はたっぷりゆとりがあると感じていた。僕にはまったくみんなの怖がっている意味が分かっていなかった。その際にみんなが怖がったのは、やっぱり右側だった。

 ついでに言うと、僕が運転免許をとるため教習所に通っていた時、確認を目の動きだけでなく顔ごと動かしてしまって、よく教官に怒られたものだった。仕方なく「見たフリ」だけしていたものの、目の動きだけでは実際には見えていなかった。これでちゃんと確認になるのか、みんなは果たしてどうやっているのか…と不思議に思ったものだ。今にして思えば、あれも右目だったのではないだろうか。僕の右目ではセンターのモノが左下に見えてしまう。実際に顔を動かさないと隅っこにあるものは見えないはずなのだ。いやぁ、コワイ。僕はそんなこんなの怖さを感じて、結局ペーパードライバーになっちゃったのだ。

 もっとある。僕は子供の頃からしょっちゅうあちこちにカラダをぶつけて、オッチョコチョイだと言われていた。そして歩いている時にはいつも肩を壁などにこすりつけてしまって、服の肩の部分が汚れてしまったものだ。しかし今考えてみると、汚れたのはいつも右側の肩ではなかったか。そうだ、間違いない!

 僕は実は右目でちゃんと見ていなかったし、見えていた時には左右の像が合致していなかった。その前にメガネ屋に行って検眼した時も、左右の像が合った時に声をかけるように店員に言われて、僕はごく自然にこう言ったのだった。「目は左右別々なんだから、ピッタリ絵が一致するわけありませんよ」

 僕のその発言に店員はキョトンとしていたが、それは僕の本音だった。僕は子どもの頃から左右の絵が合わなかったし、合わないのが普通と思っていた。それしか見たことがなかったからだ。

 しかし…ここでみなさんにお伺いしたいのだが…両目の絵がピッタリ合致するなんてことはあるのか? みんなはそういう風に見えてるのか?

 僕は両目は画像が合わないのが本当だし、それで面倒な時にはどっちかの絵を優先させて見るのが本当だとずっと思ってきた。そういう見方で世の中見てきたのだ。でも、50過ぎてそれが間違いだったと気づくとは。これはショックだよ。

 僕は他の人と違う見方で、この世の中を見てきたのか。

 しかし、それが不幸なことだったのかどうかは、これまた分からないものだ。実は母親に言わせると、子どもの頃の僕はとても絵がうまかったという。その中でも注目すべきは、他の子どもよりも「立体感」の自覚が早かったということだ。

 普通どの子どもでも、最初の頃は絵を何もかもペッチャンコに描く。パースを付けて描く子どもってのはほとんどいないらしい。ところが僕は、絵らしい絵を描き始めた最初から、モノにパースを付けて描いていたらしい。例えば自動車を描くのでも、真っ正面や真横ではなく斜めから、遠近感を付けて描いていたのだという。文字も映画の「ベン・ハー」のロゴみたいに、なぜか立体感を付けて描いていた。これもひょっとしたら、例の右目のせいなのだろうか?

 左右両目の絵が合うのが当たり前、モノに立体感があるのが当たり前…の他の子どもたちには自覚できなかったモノが、この僕には見えていたのだろうか? 右と左の絵が微妙に違うことから、立体感というものを自覚せざるを得なかったのではないだろうか?

 だとすると、やっぱり世の中の見え方そのものからして違っていたと考えるのが自然だ。今、本をつくる仕事に就き、文章を書くことを生業にしている僕だが、そのルーツもひょっとしたらこんなところにあるのかもしれない。だとすると、それは必ずしも悪いことじゃないだろう。

 ただ、これが毎日の仕事に関わるとなると、無邪気に喜んでいるわけにもいかない。何とか手術を…と医師に相談すると、僕のような斜めの斜視は治療が難しいとのこと。手術しても治るかどうか分からないし、その手術自体が予約してから1年はかかるらしいのだ。

 そんなわけで僕は、手術までの間は何とかプリズムの入ったメガネで乗り切ることにした。そこで先日、僕はほとんど丸一日をかけて、病院でこのプリズム・メガネ制作のための検査を行った。

 そこで、プリズム・メガネをかけてみた時の衝撃たるや!

 すごい! 周囲のモノすべてにダイナミックな立体感がある! 待合室の椅子に置いた女の子のコートが床にズルズルと落ちると、まるで雪山の雪崩のようなスペクタクルに見える。何だかわざとらしいくらいだ。歩いてもクラクラ来そう。「アバター」なんて目じゃない。まるで3D映画でも見ているかのようだ。みんなこんなに毎日立体感のある生活をしているのか?

 その時、僕は当然抱くであろう疑問に思い当たったのだった。

 僕が今まで見てきた3D映画って、本当にその立体感のまま見えていたのだろうか? 

 逆に言うとこのプリズム・メガネで周囲を見ると3D映画みたいに見えるということは、3D映画は本来の立体感で僕に見えていたということなのだろうか? そして現実こそが3D映画みたいに見えているものなのだろうか? この現実感のないすごいスペクタクルが、本当の世界の見え方なのだろうか?

 この年齢に至ってこんな哲学的命題にぶつかるとは。まったく人生は、何があるのか分からないものなのである。

 

 

 

 

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