私が子供だったころ

 When I Was a Little Child...

 


 

スマイル

Smile

 

 ちょっと前に聞いた話なんですが、日本のマクドナルドが一時かなり経営的に苦しかったらしいですね。

 何だか役員にテコ入れもあったようで、 今はどうか知りませんが、その時にはかなり危機感迫ってる感じでしたね。だけど日産じゃないんだから、上をガイジンにすげ替えればいいってもんでもないと思うんですが。一時期は日本的経営がサイコーって、世界中で右へならえしていたのが、手の平を返したようなこのテイタラク。とかく世の中はせちがらい。人間、落ち目にだけはなりたくないものです。

 まして外食産業ってのはその国の文化みたいなものを引きずっている。それだからこそのマクドナルドの苦戦ではないかと思うんですよね。それを、もし情け容赦ないガイジン連れてきて日本人労働者のクビをバッサバッサと切る、身内の出入り業者をグイグイ締め付けるって発想で考えてるのなら、ハッキリ言ってバカでも出来るような気がするんですけど。そんなのって、とてもじゃないけど経営って言えないんじゃないですかね?

 あれれ。ついつい何だかこのコーナーとはそぐわない、熱いこと書いてしまいました。でも、経営のプロとして高いお金もらってる人には、それに見合ったプロとしての能力を発揮してもらいたいものです。いい時は誰がやったってうまくいくんですから。

 さて、僕は今回そんなシビアーなことを書こうと思ってたわけじゃない。マクドナルドの没落を聞いて、何となく隔世の感と言うか、栄枯盛衰と言うか、何とも言えない感慨に耽っちゃったからなんですよね。

 銀座に日本での一号店が出来たのは1971年と言うんですから、僕がまだ小学校5年生の時。テレビのニュースにもなったくらいセンセーションなデビューだったと記憶してます。当然長蛇の列。ちょうど数年前に大きな話題になった、マクドナルド・モスクワ店の賑わいを思い浮かべてください。とにかく連日新しモノ好きな人々でごった返していたことは想像に難くありません。僕なんかが買いに行けるわけがない。だから、僕がマクドナルドの実物にお目にかかったのは、それから大分後のことだと思います。少なくとも自分がよく出掛ける範囲内…新宿あたりに店が出来てからのことになるでしょう。

 それが証拠に、中学くらいになってからは、土日というと新宿のマクドナルドに入り浸っていたような記憶があります。当時、新宿の店があった場所はもう記憶もおぼろげですが、たぶん現在「スタジオ・アルタ」があるあたりではなかったでしょうか? そこでハンバーガーを一個買い、ポテトを買って、マックシェークをチューチュー吸いながらいつまでも粘ったものです。店としちゃ嬉しくない客だったでしょうね。

 ところでここでちょっと余談なのですが、最近じゃあのマックシェークってほとんど見なくなりましたよね? あれって今でもあるんでしょうか? あれはもうなくなっちゃったのかなぁ?

 それはともかく、当時の中学生の僕たちにしてみたら、週に一度のマクドナルド詣でが精一杯のレジャーだったような気がします。まぁ、マクドナルドが一種のテーマパークみたいなものだったんですね。つまりは「アメリカン」な雰囲気を感じさせてくれる場所だったんですよ。

 もちろんその頃の僕らには当然のことながらお金がないですから、何か安くて粘れるものはないかとメニューと首っぴき。ただし当時は今と違ってそんなに豊富なメニューなんかない。まだチキン・ナゲットもない時代です。そんなこんなで苦し紛れに見つけたのが、信じがたいとある商品でした。

 定価0円の「スマイル」

 僕らはこの「スマイル」なる商品を買い求めたことがあるんです。これマジでですよ! 今ならみんなそんなのウソだろうと思うかもしれませんが、あの時は一体何だろうと本気で頼んでみたんです。すると店員のおねえさんがニッコリしてくれるんだけど、こっちには何が何だか分からない(笑)。結局キツネにつままれたような顔をしながら、「さすがアメリカだわな〜」…と分かってもいないくせに納得した顔をしたものです。

 やがて日本は経済大国となって君臨するようになり、アメリカの威光をありがたがらなくなってきた。それと同時に日本の津々浦々に広がったマクドナルドの店舗では、日本独自のオリジナル商品を売り始めたのです。月見バーガーとかマック飲茶とか…そんな事が世界で唯一日本だけ認められたのは、日本におけるマックのダントツの売上げとともに、外食に対する日本の特殊事情があったのでしょう。やはり日本では、ハンバーガーだけでは限界があったのです

 でもその時には、僕らが中学生の時に何やら胸ときめいた、アメリカンな雰囲気は失われてしまった。そのせいで…というわけではなかったのですが、僕もいつの間にかマクドナルドから足が遠のいたのでした。

 それがしばらくぶりにマックに出向くことになったのは、1ヶ月ばかりロサンゼルスに居着いた1987年のこと。アメリカ風の大味な食事にウンザリし、アメリカのバタくさい日本食に飽き飽きし、いいかげんホームシックに(たった一ヶ月の事なのに!)なってしまった僕。フト気が付いたら、なぜかマクドナルドのドアをくぐっていたんですね。理由は分からないけど妙に懐かしかった。

 そして一口頬張ったチーズバーガーの味は、皮肉にも自分がよく知っている日本の味でした。

 不思議なものです。ロスにいて一番自分の舌に合っていたのがマックだったとは。まぁ、マックと言えば中学生当時の思い出と結びつくところもあったし、そういう意味でのノスタルジーもあったでしょう。しかし、それにしても…。

 すっかりアメリカ帝国主義に骨抜きにされてしまっていたようで、イマドキ「スーパーサイズ・ミー」なんて映画が公開されている折り、我ながら何とも情けない思い出ではあります。でも、それこそが僕らの少年時代に対する偽らざる本音でしょうね。

 ともかく、ロスのマック店員のアフリカン・アメリカンのおねえちゃんは、褐色の顔にあの新宿店のおねえさんと同じ「スマイル」を浮かべていたのでした。

 

 

 

 

  Gateway Index

  

  Essays

  

  HOME