私が子供だったころ

 When I Was a Little Child...

 


 

チクロ

Cyclamate

 

 今時の子供はどうだか知りませんが、僕らが子供の頃にはご他聞にもれずお菓子やら甘いものが好きでしたね。だからガキどもなんて、どいつもこいつも永久歯が生えてくる前に乳歯がボロボロなんてのがザラだったんです。

 で、永久歯が生えたら今度は一生もんだから、何とか長持ちさせなきゃならない。それで学校は歯の磨き方の講習なんかをやっきになって実施していたんですね。全校朝礼の時に「歯磨き体操」なんて珍妙な体操やらされた人も多いんじゃないでしょうか?

 それでも食い意地が張ってる時期の子供です、へんな時間にオヤツ食べちゃって歯を磨かないなんてことがよくありました。こういうガキに親がうるさく言っても直りはしないんですよね。

 そんな子供の歯の健康のための最終兵器が、チューイングガムだったんです。

 当時、歯の健康のための副読本みたいのが配られたんですが、それにはちゃんと「チューイングガムは歯にいい」と書かれていた。今じゃ信じられない話でしょう? なぜそんな事が「常識」としてまかり通っていたかと言えば、当時のチューイングガムは砂糖を使っていなかったからなんです。全部人工甘味料で、チクロという物質を使っていたんですね。

 今でこそキシリトールなんて甘味料が一般に使われていますが、当時甘味料と言えば大概このチクロと言っていいほど、あらゆるものに使われていたんです。で、ガムも砂糖を使ってないから歯にとって安全で、しかも噛んでいるうちに歯にはさまった食べカスも取れるとあって、歯磨きが面倒な子供はガムを噛みなさい…なんて大真面目に学校で指導までしていたわけなんですね。

 それがいつの頃だったか…それはたぶん公害問題とかが騒がれ始めた1970年の頃、僕が小学校高学年になった当時のことだと記憶しているんですが、ガラリと一変してしまうんですね。

 ある朝起きたら、チクロは体に悪いということになっていたんです。

 昔は駄菓子屋で買った食べ物で口の中が真っ赤になったり真っ青になったりしても、親なんか全然驚きもしなかったもんです。それが時代が変わって化学物質による被害が云々されるようになってきたら、いきなりそれまで口に入れていたものが毒扱いされたんですよ。僕らの大好きな甘いチクロは、発ガン性物質ってことでヤリ玉に上げられてしまいました。

 そこでチューイングガムにもチクロが使えなくなって、すべて砂糖を使った「全糖」の商品だけが流通することになったんです。それじゃあ砂糖が歯に悪い。いつの間にか学校では、歯をきれいにするためにガムを噛めなんて言わなくなっちゃったんですね。

 これは極端な例ですが、考えてみると僕らの短い人生の中でも、それまで常識として罷り通っていたものが、突然まるっきり変わってしまうことってよくありませんか?

 例えば昔僕らが子供の頃は、マラソンの時には水なんか飲んじゃいけないと言われたものです。お腹が痛くなって走れなくなるから…ということで、喉が乾いても我慢しましたよ。でもいつの間にかそれは間違いだということになって、今ではテレビでマラソンの中継など見ていると、選手たちは走りながらガブガブ水を飲んでいる。

 あるいはやはり僕らが子供の頃には、輸出品の「MADE IN JAPAN」って海外じゃ粗悪品の代名詞になっていると聞かされてました。何だか僕らは自分の国がみすぼらしい所なんだと思い知らされてましたよね。だけど、それが小学校の高学年から中学に入った頃にかけて、なぜか海外でバカ売れ品の代名詞へと切り替わってしまった。気が付いたら日本は「先進国」になってしまった。でも、僕らは昔の粗悪品をつくって蔑まれていた日本を知っているから、そんなオベンチャラなんか信用出来ないんですよね。だから、若い人なんか軽い気持ちで「国としてのプライド」なんて口にしますが、僕らとってもそんな事考えられないな。所詮この国は粗悪品つくってた国だよ、そんな大それた国じゃないんだ。

 それはともかく、だから僕なんかは常識ってあまり信用していないとこあるんですよね。だって、それはあくまで人間がその場その場でつくってるモノサシに過ぎないから。先生やお医者さんなど偉い人がみんなガムで歯がきれいになると言っていたのに、それはあっけなく一夜でアトランティスが水没しちゃったようにひっくり返されてしまったんですよ。それはたまたま中に含まれたチクロが悪かったからだとしても、マラソンの時に水を飲む飲まないってのは変わらないはずですよね? 僕らは専門家がそう言うから言う通りにしていた。それを今さら間違っていたってどういうことなんでしょう? でも、それを謝罪して辞職したり責任とった人がいたとは思えない、まるっきり話にならない「常識」を押し付けておきながら、専門家はおそらく専門家のままであり続けたでしょう。

 間違った人たちを今さら責めやしない。でもその代わり、何を決める時でも「常識」ヅラで押し付けてほしくはないですね。そして僕らも、「常識」なんてそんなものくらいに思っておいたほうがいい。

 考えてみればナチス政権下ではヒトラーの言うことが「常識」だった。オウムの教団の内部では、麻原の言うことが「常識」だったわけでしょう? 所詮「常識」などその程度のもの。だからあまり崇め奉らないほうがいいし、後生大事に守ったり、偉そうに人に向かって振り回さないでいただきたい。自分たちが正しいなんて錦の御旗に掲げて、他者を糾弾するなんて滑稽そのものですよね。だってそんなもの、どうせまた一夜でひっくり返ってしまうものなんだから。

 ガムが歯にいいか悪いか? それはあくまで自分の頭で判断しましょうよ。

 

 

 

 

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