私が子供だったころ

 When I Was a Little Child...

 


 

21世紀

The 21st Century

 

 みなさんは今、自分が21世紀に生きていると実感していますか?

 確かに新聞を見ると、日付は2001年になっている。カレンダーも何もかも間違いなく2001年になっています。でも、20世紀に自分がイメージしていた「21世紀」に、今自分が生きているとはとても思えないんじゃないですかね? だって、あの頃の僕らにとって「21世紀」って、例え2000年の12月31日大晦日に考えるそれであっても、何となく「未来」って気がしましたもんね。いや、もちろん未来と言えば、明日だって1時間先だって、1分先だって未来は未来。だけど、僕がここでカギ括弧付きで言っている「未来」ってのはちょっと違う。それは簡単に言ってしまうと、「ブレードランナー」や「メトロポリス」に出てくるような、つまり SF的な「未来」ってことなんですけどね。

 でも、僕らの日常を考えてみると何一つ変わっていない。な〜んだ、21世紀ってまるっきり「未来」でも何でもないじゃないか…と言ってしまえば、まさにその通り。第一、20世紀と地続きで時間が経っただけですから、そんなに変わり映えしようはずがない。もはや語り尽くされて手垢が付きすぎた、「2001年宇宙の旅」のディスカバリー号なんてないとか、鉄腕アトムなんていないとか…そんな話すらアホらしく感じられます。やっぱり、ああいった「未来」像ってのはマンガみたいな絵空事だったんでしょうかねぇ…。いや、そんなはずはない。

 な〜んて事をふと思ったのは、どこかの携帯電話屋のテレビCMをさっきたまたま見たから。みなさんもこのCMはご覧になったことあるでしょう。昔のテレビアニメや特撮テレビドラマから携帯型通信機を使っている場面を次々抜粋。それと現在の携帯電話やモバイル機器をいろいろな人々が使っている場面を編集して見せる好企画のCM。「スーパージェッター」から「ウルトラセブン」まで、登場するアニメや特撮ものの映像も懐かくて嬉しいですが、何より僕らが昔空想の産物として見てきたものを、今現実に使っているんだという実感があって、同じことを言葉で何百ぺん聞かされるよりも遙かに納得させられてしまいます。

 実際、僕ら(僕は1959年生まれ)が小学生当時には、一人ひとりが個人の通信機を携帯するなんて夢のまた夢。それ一つとって見ても、リッパにSFの世界なんですね。ただ、僕らはそれを毎日当然のこととして過ごしているから、事の重大さに気づかない。

 携帯電話だけじゃない。本当は僕らの生活そのものがすべて変わってる。僕が小学校の頃っていうと1960年代ということになりますが、当時我が家のテレビはモノクロでした。実はうちは1970年になるまでカラーじゃなかったんですね。新聞を見ればテレビ欄の番組表には「カラー」番組と普通(モノクロ)番組が混在していた。モノクロが普通の時期だった。

 テレビで大好きな映画を見ても、それを保存する方法がなかった。ホームビデオなんかなかったですから。ビデオなんて放送局しかなかった。今は自分の宝物として好きな映画を保存出来る。いや、保存なんかしなくとも、店に行けば映画がビデオやDVDでいくらでも買える! でもそうなっちゃうと、それを自分の宝物だなんて思う有り難みもなくなっていくんですよね。昔は自分の好きな映画を個人所有できるなんて凄いこと、いや…あり得ないことだった。

 音楽はラジオかLPレコードしかなかった。プチプチとホコリのノイズが入って当たり前だった。今の人はクリアーな音質が当たり前でしょう? 僕は時々、昔のSPレコードを持っていた人の気持ちが分かる気がしますよ。また、録音機だってみんなが持てるシロモノじゃなかった。オープンリールのテープレコーダーを持っている人はごく少数。やがてカセットが出回り始めて手軽になったものの、それが自分の手に入るには1970年代を待たなくてはならなかった。手に入っても、それがステレオのカセットデッキになるまでには、また何年かかかった。最初は音質の悪いモノラル・カセット・レコーダーのみ。録音は…というと、ステレオやレコードプレーヤーのスピーカーに、カセット・レコーダーのマイクを近づけてじか録り。だから息をひそめて曲が終わるのを待っていたものですが、そんな時に限って豆腐屋のラッパとかチリ紙交換の拡声器が鳴り出すんですよね。そういうノイズは思い出と共に曲の中に記録されていく。

 北海道やら北陸やらの海産物の産地に近い地域以外では、刺身や寿司ネタだって違った。東京で甘エビの寿司を一般に食べられるようになったのは、そういった需要が高まるほど一般の人が豊かになり、なおかつ航空貨物の生鮮食料品輸送が運賃が下がり一般化する1970年代以降のことだった。子供の頃の食生活の習慣というものは恐ろしいもので、僕は今でも寿司の上に乗っているエビはゆでてあるほうを好んで食べます(涙)。これはどうしようもないんですよね。

 子供の頃に我が家にあった「現代用語の基礎知識」は、確か1963年版だったと記憶しています。その裏表紙についていたグラビアページに「世界の国力比較」なるものがあって、その表は何を根拠にしたのか、世界の国々を先進国、中進国、後進国(!)に分けていた。そこでは日本は中進国のカテゴリーに分けられていたんです。まだ東京オリンピックが開かれる前のことです。当時、「メイド・イン・ジャパン」は粗悪品の代名詞だと、子供の僕らですら覚え込まされていた。ソニーやらトヨタが幅を利かすのは、僕らが小学校高学年になってからです。今の人たちは、日本が先進国だって信じて疑わないでしょう? 僕らは日本なんていつまで経ったって先進国なんて思えませんよ。実際、そんなはずないと思ってます。今の人たちと考え方が違うわけだよね。あのロックフェラー・センターを日本企業が一度でも買うことになるなんて、信じられませんし今でも信じてませんよ。あれはきっとウソに決まってます(笑)。

 みんなが海外旅行にホイホイ行ける時代が来るなんて、少しも思えなかった。ロート製薬提供「アップダウン・クイズ」でハワイ旅行でも当たらない限り無理だと思ってた。そうそう、普通のお嬢さんがバンバン服を脱いで写真に撮られて平然としてるなんて、ありえないことですよ(笑)。くだけついでに言えば、たぶん昔はアノ時にお口を使うなんてことも、決して一般的ではなかったでしょう(笑)。いや、これはいい進歩ですよね、うれしい進化(笑)。

 それどころか、僕の子供の頃は「女言葉」がまだあった。今は「てめえ馬鹿野郎」が普通でしょ(笑)? 別にそれがいいとか悪いとか(あまり良くはないけどね)じゃなくって、当時は女の子って多かれ少なかれ小津映画の原節子みたいな言葉使いしてたんですよ。信じられないでしょう? 僕は生まれてから今までの間に、一つの言語体系が消滅する過程を自ら目撃することになったわけですよね。古文の授業の時、何で昔の言葉ってこんなに今と違うんだと不思議に思った謎が、今なら少しは解けそうです(笑)。

 そうだ、当時は黒澤明がまだ現役バリバリだった。ほとんど毎年、黒澤作品の「新作」が公開されていたんですよね。黒澤映画がコンスタントに新作発表されていた東宝時代最後の作品「赤ひげ」は、確か1965年公開でしたっけ。映画史に残る「名作」が、毎年毎年新作として公開されていくってどんな感じなんでしょう?

 いやはや、何だか年寄りの繰り言めいてきてしまいましたね。僕も歳をとったんだよな。 

 そんな事をウダウダと考えながら銀座の街を歩いていたら、目の前を新幹線がピューッと走り抜けた。ややっ? いつの間に新幹線ってあんなに尖ったフェイスになったの? 僕にとっては新幹線って、いつまで経ってもあの芋虫みたいな丸っこいフェイスのイメージあるんだよなぁ。あんな乗り物が本当にこの世にあるなんて…。

 もはや疑いの余地なし。僕たちは、まぎれもなく「未来」の21世紀に生きているんですよ。

 

 

 

 

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